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【人物紹介】上杉能憲
上杉能憲(南北朝の武将)イラスト


上杉 能憲(うえすぎ よしのり)1333-1378(正慶2・元弘3~永和4・天寿4)

足利氏満の代の関東管領。
父は上杉(山ノ内)憲顕。のち叔父の上杉(宅間)重能の養子。
通称三郎。子なし。
 
1349年に養父の上杉重能が高師直のために殺されたのち、実父憲顕を頼った。

観応の擾乱では父と共に足利直義に従い、51年正月には甲斐須沢城に高師冬を攻めて滅ぼした。

ついで兵を率いて上京し、足利尊氏.・高師直らと戦い、2月26日に師直ら高一族を武庫川で殺害。
このため尊氏に流罪に処せられたが、やがて許された。

1368年、父の上杉憲顕の死により、従兄弟である上杉朝房と共に関東管領に任ぜられる。
1378年没する。享年46歳。

◆三日月的考察◆

忠臣蔵のせいで誤解されがち?ですが、実際に師直を殺害したのはこの人です。
理由は義父重能の敵討ち。この時わずかに19歳。

それでただちに流罪に処せられますが、その後はどうやら憲顕らと合流し、上杉方として尊氏と戦っていた模様です。 

余談ですが上杉朝房とは従兄弟で義兄弟。
二人とも観応の擾乱で養父に当たる(?)重能・朝定を亡くし、憲顕の死後共に管領になり、しかし子供はいなくて管領職は弟に譲ってます。

(通称まで同じ三郎。つくづく似た者同士)
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