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【人物紹介】足利直義
足利直義

足利 直義(あしかが ただよし) 1306-1352(徳治元~文和元・正平7)

初期室町幕府の執政者。尊氏の一歳違いの同母弟。
正室は渋川義季の女。側室なし。子の如意丸は4歳で夭折。

元弘の乱以降、尊氏の片腕となって行動を共にする。
建武政権下では成良親王を奉じて鎌倉に下向、関東の政務を行う。
35年中先代の乱に際して護良親王を殺害。
尊氏が幕府を開くと補佐して諸政を行い、「下御所」と称される。
49年、執事高師直と対立《観応の擾乱》。
その後兄尊氏と対立し戦って敗れ、鎌倉に幽閉される。
2月26日逝去。享年47歳。

◆ 三日月的考察 ◆

堅実で理性的、厳格、禁欲的・・・と、
おおらかな兄尊氏と全く似ていない事で知られる弟。

「門地に頼って立身しようなどとは思うな、
文道をたしなみ功を積み、その徳によって立身せよ」
と直義が朝夕、
畠山直宗・一色直氏・今川了俊らに諭したというエピソードが
「難太平記」にあり、彼が文道を重んずる性格だったことが伺えます。

また夢窓疎石には
「事に当たって綿密で用心深く、しかも決断力に富んでいた」と
評されています。
目的のためには苛烈なほどの実行力を発揮するくせに
一方で戦には弱かったり兄には甘かったりと、
意外な一面があるのが人気の秘密かもしれません。
 
 ところで直義の死は、
尊氏による毒殺説(「太平記」)も確定されうるものではなく
事実は今だ謎のまま。

亡くなった日が高師直暗殺のちょうど一周忌ということもあって
いろいろ想像の余地がありますが、実際は??気になる所です

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

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