南北朝時代~室町初期のファンサイト。人物紹介、関連書籍、史跡など。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【人物紹介】足利直冬
j-n1huyu.gif

足利 直冬(あしかがただふゆ)生没年不詳
足利尊氏の庶子にして直義の養子。

出生と生い立ちについては、直冬は尊氏が越前局と言う一夜通いの女性に生ませた子で、はじめ喝食として武蔵の東勝寺に入っていたがやがて京に上った。

しかし尊氏に実子として許容されなかったので、直冬は玄恵法印のもとでわび住まいをしていた所、玄恵から叔父直義に紹介された。

それでも実子と認めない兄を見かねて叔父直義が養子にした、という(「太平記」)。

1348年紀伊の南軍追討のため大将として起用され、勝利を収める。
1349年長門探題。
観応の擾乱では直義方として九州をほとんど制覇し大勢力となる。

その後いったん入京したが尊氏に追われて石見に走り、
以後関西・四国を転々とした。晩年の消息は不明。
1400(応永7)74歳で死んだともいう。

<三日月的考察>

 経歴を見る限り、軍事的才能とかは義詮なんかよりよっぽどあるように思えるのに、紀伊追討の成功後も尊氏の直冬への待遇は仁木・細川(足利末流)の人々と同列だったとあるし(「太平記」)
単に尊氏が直冬自身を気にいらなかったのか、正室登子をはばかっての事なのか、はたまた
直冬の存在が権力争いの因子となることを恐れたのか....。

いずれにしても実の父にとことん冷遇されて、とても不憫なヒトです。命日もお墓も判らないし。

個人的に、父に追討されて九州に逃れる際、船上で詠じたという場面が気に入ってます。

  梓弓 われこそあらめ 引き連れて 人にさえ憂き 月を見せつる 
 (我が身はやむを得ないとしても、同行する人々にまで、この名月を辛い思いで見させることだ)
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。