南北朝時代~室町初期のファンサイト。人物紹介、関連書籍、史跡など。
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【人物紹介】満済 
満済  (まんさい(まんぜい))    1378(天授4・永和4)-1435(永享7)
満済

真言宗の高僧。醍醐寺座主。
藤原師冬の子。母は足利義満室業子に祇候、白川殿と号した。二条良基の甥。

3代将軍足利義満の猶子となり、三宝院賢俊に入室。
三宝院25世門跡となり、1395-1434第74代座主。
その間東寺市の長者をも務め、1428年准三后。
(三宝院門跡として最初の准后。)

義満・義持・義教の信厚く、幕政の枢機に参画する。
『満済准后日記』筆者。

◆ 三日月的考察 ◆

 「黒衣の宰相」と称された彼の活躍は、主に室町時代に入ってからになります。
満済は歴代の将軍に尊崇され、護持僧として公武の祈祷に励んだだけでなく、幕政にも関与しました。

ことに将軍義教の嗣立に中心的役割を果たしたため義教の厚い信任を受けました。
義教は将軍の親裁権を強化し有力大名の抑圧に努めたが、満済の意見は重んじて、重要問題についてしばしば諮問した、といいます。

冷静、的確なその判断は、義教の処置が偏頗や極端に走るのを防ぐのに役立ちました。

彼の日記は正確・克明で、15世紀前半の幕政・外交・および社会情勢を知る上で貴重な根本資料になっています。

そんな彼をなぜここで取り上げるのか、と言えば、好きな小説で出ているからなんです。

獅子の座―足利義満伝 (文春文庫) 平岩 弓枝

彼の登場は義満の晩年で出番は少しなのですが、とても美味しい役どころとして登場します。

この本を読むまで腹黒そうなおっさんというイメージしかなかったのですが、ちょっとかなり変わりました!

この青年期を経て、「黒衣の宰相」となっていくのか、と思うと感慨あらた。ぜひご一読を。
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