南北朝時代~室町初期のファンサイト。人物紹介、関連書籍、史跡など。
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【あったらいいな】南北朝タロット
南北朝ファンとして欲しいもののひとつに「南北朝タロット」があります。

ひとつひとつの意味が深いタロットに南北朝な人物を当てはめたら、どれだけ奥行きの深いカードになることでしょう!

残念ながらいまだ発売されていないので、自分でこんなのいいなを挙げてみました。
興味持たれた方、ゼヒ作ってください。買います!

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南北朝タロット 人選一覧

【0 愚者】 足利 義詮(あしかが よしあきら)
足利義詮ミニ
そのまんまでしょ!直義=基氏を愛する私にとって、彼はこれ以外の何者でもない。あ、でも新田義貞とどっちにしようか一応迷いました。


【1 魔術師】 楠木 正儀(くすのき まさのり)
楠木正儀ミニ
これは譲れん。でも、パパの楠木正成さまでもいいかも。


【2 女教皇】 楠木 久子 (くすのき ひさこ)

立場がどう、とかいう訳じゃなく『太平記』で正行をこんこんと諭すシーンから採用。


【3 女帝】 阿野 廉子(あの れんし)

あまり気乗りしない人選だけど、彼女が南北朝で一番権力を持った女性かなあ、と思って。


【4 皇帝】 足利 義満(あしかが よしみつ)

後醍醐天皇とどっちにするか迷ったけど、この時代で最大の権力を持ったのはやっぱり彼でしょ。


【5 法皇】 足利 直義(あしかが ただよし)
足利直義ミニ
「知性」「洞察力」「伝統」「常識」・・・・といったカード意味に一番相応しいのは彼しかいないでしょう!次点は北畠親房だけど、彼の常識はみんなの非常識だから♪


【6 恋人 】足利 基氏(あしかが もとうじ)
足利基氏ミニ
上の『法皇』で本命・直義を使ってしまったので彼にしました。今一番興味あるヒトですし。このカードには「選択」という意味もあるので、父と叔父のはざまで揺れる彼に似合うと思います。


【7 戦車】 護良 親王(もりよし しんのう)
護良親王 ミニ
「勝利」「行動力」「自立」といえば、この宮様でしょう~。前へGOGO!という感じが似合うし。


【8 力】 菊池 武光(きくち たけみつ)
菊池武光ミニ
小説「武王の門」のイメージで決めました。勇将といえば彼でしょ。次点では赤松則祐かな。


【9 隠者】 義堂 周信(ぎどう しゅうしん)

隠者という響きに宗教家、というイメージが浮かんだのでつい。僧侶といいえば私にとってはこのヒトなんです。栄職を嫌って出奔したエピソードもあるので採用。


【10 運命の輪】 光厳 天皇(こうごん てんのう)

南北朝時代のヒトってみんな運命に翻弄されてたけど、もっとも体現していたのは、この方じゃないかと思って採用。


【11 正義】 北畠 顕家(きたばたけ あきいえ)
北畠顕家ミニ
価値観がごちゃついていたあの時代で、あえて正義という言葉が似合うヒト。私利私欲のためだけに戦ってたイメージがないので。


【12 吊るされた人】 楠木 正行(くすのき まさつら)
楠木正行ミニ
『自己犠牲』を表すこのカード。父の楠木正成とどちらか悩んだ末、彼に。


【13 死神】 高 師直(こう もろなお)

死神と言えば、顕家や正行たちを死においやったこのヒトしかいないでしょう!彼は悪魔や塔でもいいかも。アク強い存在だしね。


【14 節制】 後村上天皇(ごむらかみ てんのう)

この頃の南朝ってびんぼーだったろうから・・・


【15 悪魔】 佐々木道誉(ささき どうよ)
佐々木導誉ミニ
道誉ははじめ『恋人』においてたんだけど、誘惑を表すこのカードに置き換えました。悪魔のしっぽとか似合いそうでしょ?


【16 塔】 後醍醐天皇(ごだいご てんのう)

建武の新政ががらがらと崩れたのに倣って。


【17 星】 懐良 親王(かねよし しんのう)
懐良親王ミニ
南北朝時代での九州希望の星だから。次点は正行。河内希望の星だから(こればっか)


【18 月】 足利 直冬(あしかが ただふゆ)
足利直冬ミニ
将軍の子なのに日陰の身で、お日様の光を浴びてなさそうな直冬くんにすんなり決定。翳のある表情にも似合いそうだし。


【19 太陽】足利 尊氏(あしかが たかうじ)
足利尊氏ミニ
直冬と対照的な存在なのでここに。あー、彼が太陽なら弟の直義が『月』でも良かったかな。


【20 審判】 楠木 正成(くすのき まさしげ)

「精神的覚醒」「新しい出発」「復活」のカードなので、顕家にしようか基氏にしようか悩みつつ・・・精神的に奥深い正成に決定。


【21 世界】 細川 頼之(ほそかわ よりゆき)
細川頼之ミニ
カードが「物事の完成」を示すので、『太平記』そして『南北朝時代』を締めくくった人物である彼が相応しいでしょう、というコトで。いいとこ取りともいう。

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【人物紹介】楠木正行
楠木正行(南北朝の武将)イラスト

楠木正成の長子。南北朝の武将。多聞丸。

後醍醐天皇の末世には帯刀に任官、また左衛門少尉を兼ねる。
父の死を受けて摂津守、河内守にも任ぜられる。

父正成亡き後は、楠木の棟梁として一族を率いる。

1347年8月、紀伊隅田城を攻撃。
のち9月には河内の藤井寺、11月には住吉(阿倍野)と転戦する。

やがて北朝より派遣された高師直軍との決戦を前にして、吉野の行宮に参上して出陣の由を奏したのち、

 返らじとかねて思へば梓弓 なき数に入る名をぞとどむる

という辞世の歌と一族の交名を如意輪堂の扉に鏃を使って刻んで出陣した、と伝えられている。

1348年正月、四条畷の合戦で敗れ、弟の正時と刺し違えて自害した。

没年は太平記によれば23歳(又は25歳)になるが、不詳。

<三日月的考察>

戦に強く、心ざま優しく、で病がちと、愛される要因を多分に含んだヒト。

著名なエピソードとしては、まず「桜井の別れ」。

1336年湊川の戦いに同行していた正行を、 父の死後南朝のために働くのが第一の孝行だと諭して
河内に帰らせる話。歌にもなっていますね。

それから、阿倍野合戦で渡辺橋から河中に落ちておぼれた敵兵を救助して薬を施して傷を治してやった事とか、あとは美女・弁内侍との純愛が挙げられるでしょうか.。
 
こうした美談にいろどられている正行も、幕府軍の圧倒的な大軍にはかなわず、四条畷で あえない最期をとげてしまいます。

挙兵してから討死までがたった5ケ月なのが、 愛惜の思いにさらに火を注ぐ感じですね。

彼のお墓は足利義詮たっての希望で、京都の宝キョウ院に義詮と並んで建っています。
【人物紹介】楠木正季
楠木正季(南北朝の武将)

楠木 正季(くすのき まさすえ) 生年不詳-1336(延元3.建武3)

楠木正成の弟.。七郎、帯刀と称す。

1331年の正成の挙兵後、終始兄と行動を共にし、倒幕軍の一員として活躍.。

建武政権下においては、窪所、武者所の所衆構成員となる。

1336年5月、足利尊氏の東上を阻止しようと正成と兵庫湊川にて戦い、奮戦したが及ばず、正成と刺し違えて死す。

死に際して正成に最後の一念を聞かれて、「七生マデ只同ジ人間ニ生レテ、朝敵を滅サバヤコソ存候ヘ」と答えたという。

<三日月的考察>

上に記述している有名な「七生報国」。
楠木正成が言っていたと記憶している方もおられると思うのですが、実はこの台詞を言ったのは、兄正成ではなくこの弟なんですよね。

でもいまわの際に言ったと言われるこの言葉以外には、生年も不明、兄正成の陰に隠れて個人的なエピソードも乏しく、人物像の手がかりになるようなものがほとんどないのです。

それだけに歴史小説ではいろんな描かれ方をしていて、読み比べると楽しいです。
【太平記】第1回 父と子
「私たちは今、歴史の大きな転換期の中に生きている… 『太平記』の時代も日本の歴史の大転換期だった」
  
そんなナレーションと共に、
最初のシーンがいきなりベルリンの壁崩壊(1991年当時は旬のネタ)

大昔を描く大河ドラマとは何の関係もないじゃないか、と思わず言いたくなるオープニング。さっそく嵐の予感。
 
さて、この第1回では、鎌倉末期の足利家の現状説明と足利高氏の誕生~少年期を描いてます

しかし!それより何より
祝!足利直義、実写初登場! (クラッカーを鳴らして小躍り)
これに尽きるでしょう!他に何があるって言うんですか!(断定)
 
足利直義ファンの私にとって、この大河ドラマは唯一無二の「うごく直義」が見られる貴重映像なのです!

(まあ南北朝時代自体が映像化されるのって唯一これだけなんですけど。今のところ)

そんな我らが直義の初登場シーン。

11歳の直義くんがひとつ上の兄・又太郎(のちの高氏)・郎党数人と一緒に、ライバル新田氏の領地にある洞窟の中の祠へ忍び込んで 「御神体を拝もう!」と冒険をしゃれこみます。

それを新田小太郎(のちの義貞)らに見つかり、ケンカになるという何とも微笑ましい情景。

そのシーンの似顔絵がコチラ↓

足利尊氏、足利直義、新田義貞

・・・ああ、直義・・・・

あくまで主役は兄の高氏で、君は引き立て役と判ってるけど、何も顔まで引き立てなくったって(号泣)

兄も兄でその原色過ぎる水干が足利家のセンスの悪さを物語っていますし、こんなビジュアルでは誰が主役なのかわかりません。

新田義貞の少年役の方がずっとカッコイイのはどういう事なのでしょうか?
これは制作側の陰謀ですか?
足利兄弟はそんな扱いなのですか?

それに少年の高氏兄はこの時、幼名の「又太郎」なのに、なぜ直義は元服してないうちから「直義」なのでしょうか

確かに歴史上でも彼の幼名は不明ですが、嘘でもいいから何か名付けてやってください(泣)
もうツッコむこと多すぎです

それに新田くんも新田くんです。
足利の子供たちに「貧乏御家人」と罵られたからと言って、自分より年少の少年たちを力でねじ伏せるのはどうでしょう。

しかも後から追ってきた高氏の従者右馬助に勝ちきれないと知るや去り際に、 

「 いいか、この北条の天下がいつまでも続くと思うな!
   北条は平氏。我らは源氏。
   ゆめゆめ平氏の犬に成り下がるでないぞ! 」 


・・・・いえ、台詞自体はかっこいいのですが、北条>>>足利>>>>>>>>>>新田という現状では、どう聞いても負け惜しみにしか聞こえません。


まあ、顔がかわいいので許してあげましょう。
でもこの3人がこのドラマを引っ張っていくのかと思うと、ちょっと鬱です。

さて、この回では北条家のみならず、その家臣筋の長崎円喜にまで軽んじられる足利家の現状が
さまざまなエピソードを通じて語られます。

ここでの得宗である北条高時のダメダメぶりは、いっそすがすがしい!
片岡鶴太郎氏の演技は本当に秀逸でした。観てない人はゼヒ観て欲しい!!

北条高時

明らかに似合っていない奇抜な金色の衣装!
ずんぐりした体型、ぎろっとしたあの丸い目!!

田楽に狂い、大の闘犬好きで、笑うと「ひゃーっひゃっひゃっ」と奇声を発する高時。
その姿には歴代執権のような知性は全く窺えません。

こりゃ鎌倉幕府は長くないねヽ( ´ー`)ノ

誰にもそう思わせてくれるバカっぷり・・・・
高氏の純朴さも手伝って、より権力者の傲慢さが強調されててステキです♪
足利が鎌倉幕府を倒すその日までとことん腐っちゃって下さいね☆(酷)

○・・・・・ 今回の直義くん ・・・・・ ○

さて、その高時にいじめられてボロボロになった兄を出迎えるべく、足利館にて直義が再登場します。
この場面から演じるのは、少年役の子から変わって高嶋政伸氏。

この時は設定では19歳。
花も恥らう若々しい青年のはずなのに、どう見ても30間近の濃い兄さんなのは目の錯覚でしょうか、そうですよね。

そして私は視線を下げ、気付いたのです
彼が三日月をあしらった直垂を着ていることを!

1991年のこの時の記憶を潜在意識に蓄えて、私はHNを「三日月」にしたのかもしれません・・・
ああ、愛って偉大(こじつけ)

それはさておき、直義くんはふくれて帰って来た兄にがばっと駆け寄ります。

直義「ぅあにうえぇぇ!この直義、こたびのお話、断固反対いたしまする!
そもそも、このようなお話をお受けになる父上も父上、兄弟でありながら直義に一言もお漏らしにならなかった兄上も兄上じゃ!」


青年になった彼の第一声は「兄上」でした。
それは直義らしくてまぁいいのですが、傷だらけの兄を気遣う前に一方的に自分の怒りをぶつけるのはどうなのでしょうか。
 
そして嫁取りの話など知らない兄が呆然としてるのにも茶化すだけ。

直義「あれ?その傷はどうなされました」 

遅いよ!
 
直義「(兄の立ち去った後、右馬助に向かって)・・・しゃべってはまずかったのかの

そのとおりだよ

ああ、気が利かない上に空回りなんて、こんなの・・・こんなの・・・私の直義じゃありません!うわーん!!

次回より直義が脱皮して変化することを切に期待。


○・・・・・ 弟も弟ですが・・・ ・・・・・ ○

一方、高時くんとの一件などで心底北条憎しとなった高氏は、空回りな弟・直義から自分に北条の姫の嫁とリの話があると知って両親に「北条の姫など、生涯もらいませぬ!」と悔し涙をたたえて訴えます。

しかし清子ママにうまいことなだめられて、お使いに行った赤橋家(北条の分家)で出会った登子ちゃんは、可憐で匂うような美少女でした

高氏「(口をポカンと開けて)・・・・・・・・・」

兄、北条の姫と知って見惚れてますよね?
弟も青二才ですが兄も兄で口ばっかりです
兄の北条への憎しみなんて、所詮そんなレベルなのです。
 
こんな兄弟に天下を取らせていいものなのか、深く思い悩む今日この頃です。


  ----《 今回の名台詞 》-------------------------  


足利貞氏「吉見の一党・・・・・門の外へ・・・・お送りいたせ」

今回は足利貞氏パパ(緒方拳)のこの台詞を推します(^_^)

北条へ謀反を起こし破れて足利の領地へ逃れてきた吉見孫太郎の残党をめぐって貞氏パパはじめ一族が悩みます。

助けたい、しかし北条からの仕打ちが恐ろしい。

そうこうする間に館の外では、武装した北条方の兵が引渡しを要請してきます。

渡せば殺されるのは必定、北条への憎悪も重なって開戦ムードになる一同。

貞氏も気持ちは同じだが力で遠く及ばないことも身にしみている・・・・

そこで幾重にも重なった感情が押し殺して搾り出すように出された一言が!表情が!
もうスゴクいいんですよ!(>_<)

貞氏パパの表情は本当に陰があっていいのです!
第2回以降も要チェック☆(って感想じゃ絵は見られませんよね)

テーマ:大河ドラマ - ジャンル:テレビ・ラジオ

【人物紹介】楠木正成
楠木正成(南北朝の武将)イラスト

楠木 正成(くすのき まさしげ) 生年不詳-1336(延元3.建武3)

河内の土豪。父は、正遠と伝えられている。
幼名多聞丸。左衛門少尉。「三木一草」の一人。

1331年、隠岐に流されていた後醍醐天皇が笠置に行幸したのを聞き、河内国金剛山麓の赤坂城に篭城して鎌倉幕府軍と戦い、敵軍に熱湯を浴びせ悩ませた。

その後城を焼き、自分も焼死したと見せかけて脱出した。
1332年、護良親王の令旨を奉じて湯浅定仏を襲撃。
金剛山に千早城に築き、再び幕府軍を迎え撃った。

建武政権が成立すると倒幕の恩賞として従五位に叙され、検非違使左衛門少尉に再任、さらに摂津・河内の国司に任命された。

しかし勢力を回復した尊氏軍が九州から東上、これを備中で迎え撃った新田義貞が敗れると、援軍として出陣することを要請される。

この時彼は「義貞を京へ召還し、天皇は延暦寺へ臨幸し、尊氏を入京させて包囲攻撃する」という策を献じたが容れられなかった。

1336年5月25日、湊川の戦いで足利軍に敗れ、弟正季と刺し違えて自刃した。

<三日月的考察>

彼は南北朝では五指に入る有名人ですが、そのわりには資料が乏しく、謎に満ちています。

正確な出自や出身もまだ断定されるには至っていないし、正成が登場したきっかけからして、後醍醐天皇が見た夢といいますし。

そんなこんなで実像は闇の中なのですが、その人物評価は極めて高いです。

総じて登場人物に辛口なはずの『太平記』が「元来勇気無双の上、智謀第一なり」「正成程の者は未だ無りつる」と絶賛していますし。

(『梅松論』でも「遠慮の勇士」「賢才武略の勇士」、『増鏡』では「心猛くすくよかなる者」と正成はどこでも評価が高いのですが、『太平記』のそれは別格な感じです)

そんな彼の特徴としては、かなりの合理主義者であることが挙げられるでしょう。

1336年尊氏が九州に逃げたとき、勝利に喜ぶ公卿たちをよそに、新田義貞を誅伐して尊氏と手を結んだ方が得策だ、交渉のための使者には自分が立とう、と後醍醐天皇に進言した。

そんな『梅松論』のエピソードからもそれが窺える訳ですが、じゃあなぜそこまで見渡せる視野を持った彼が勝算のない戦いに挑んだのか、彼は何に殉じたのかってことが気になって仕方ありません。
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